オムロンとiCARE、健康経営の未来を描く提携
オムロンは2030年に向けて変化する社会を見据え、長期ビジョン「Shaping The Future 2030(SF2030)」を設定しています。その中でオムロンが捉える社会的課題の一つが「健康寿命の延伸」です。
あらゆる人が健康で自立した豊かな人生を送るためのヘルスケアシステムを実現する重要な一歩として、オムロンは2024年7月、iCAREと資本業務提携 を開始。職域における予防医療の強化に向け、従業員の健康と企業の生産性向上を同時に実現する新たなプラットフォームの構築を目指しています。
共通のビジョンのもと、両社がそれぞれの強みを活かしながら、健康経営®領域にどのような革新をもたらすことができるのか。本記事ではオムロンがM&A&A(買収・合併・提携)を積極的に活用する背景、そしてiCAREとの提携を通じた具体的な戦略に迫ると共に、オムロンとiCAREが描く未来像の実現に向けた挑戦を紹介します。
M&A&A戦略で実現するオムロンの進化
ー2018年の設立以来ボトムアップで事業創造を行ってきたイノベーション推進本部(IXI)は、今後の戦略的拡大に向けてM&A&Aを中心としたアプローチへ切り替えたと伺いました。その理由を教えてください。
神谷:
事業を通じて、もっともスピーディーかつスケーラブルに社会的課題を解決できる方法を模索した結果です。オムロンは創業以来、事業を通じた社会的課題の解決に取り組んできました。しかしSF2030で掲げた「健康寿命の延伸」をはじめとする課題は既存事業で展開するハードウェアだけでは解決することができません。
SF2030の中で、モノ視点からモノ+コト視点への変化を掲げていますが、ソリューション型企業に進化するためにはデータを活用した事業などのサービスが必要となります。そのような考えのもと、2023年にJMDCがグループインするなど、データを活用した事業展開に着手しました。
ーヘルスケア領域の中でも特に職域に着目されてiCAREと資本業務提携されました。そこに至る経緯を教えてください。
山田:
iCAREは「働くひとの健康を世界中に創る」をパーパスに掲げ、産業保健や健康経営ソリューションサービスを開発・提供している会社です。2023年10月に、懇意にしていたベンチャーキャピタルからオムロンも代表幹事を務めている健康経営アライアンス®を紹介され、気軽な気持ちでオムロンを訪ねました。しかし、当時は情報交換で終わったように記憶しています。
酒井:
その当時のオムロンは、企業の生産性と医療制度の持続可能性という課題に対し、事業を具体化する前に企業間で協働できる枠組みとして、2023年6月に健康経営アライアンスを代表幹事とともに立ち上げたところでした。
健康経営アライアンスの活動を通して課題への解像度が高まる中で、職域のヘルスケアでどのような世界を実現したいのかを考え、実現に向けたオムロンの強みは何で、何が足りないのかが見えてきました。その足りない部分を補ってくれるパートナーとはどのような会社かを考えた結果、改めて企業内の健康データと健康経営の体制づくり・ノウハウに強みのあるiCAREに辿り着いたのです。
神谷:
当時は情報交換で終わったとはいえ、その場で話していた内容に共感していた部分もあり、2024年始めにお声掛けさせていただき、資本業務提携に向けた協議を開始しました。
共通ビジョンがスムーズな提携を実現
ー両社で描きたい世界とはどのような未来でしょうか。
酒井:
予防医療に取り組むにあたり、オムロンは国民皆保険で健康への危機意識がそれほど高くない、日本の生活者の行動変容を促せる場として「職域」に注目しました。
企業が従業員の心身の健康増進に取り組むことで企業の生産性やエンゲージメントは向上します。その取り組みが、ひいては日本企業の活性化と医療制度の持続性へとつながり、生活者と企業、国がWin-Winになる世界を目指しています。その世界の実現に向けて、まずは企業内のデータを活用し、企業が従業員の健康増進に取り組む意義と、課題の定量的な可視化が重要と考えています。
ー提携の話が出たとき、どのように感じましたか。
山田:
私は元々オムロンという会社をポジティブに捉えています。大学院時代に立石一真さんの創業話を知り、その先駆的な考え方や徹底したR&Dの追求、社会を変えていきたいという強い想いを持つ会社だと感じていました。
そんな会社から提携の話が上がり、目指す世界観は一致している。しかも、世界観を実現するための座組も粗い部分で一致しているのであれば、やらない理由はないと思いました。ただ、大企業ゆえにスピード感は懸念していました。
しかし、その心配はすぐに払拭されることとなります。担当の神谷さん、酒井さんの本気度の表れだと思うのですが、早い時期に事業本部長の石原さんも交えた話ができましたし、交渉において両社ともに「確認します」「持ち帰ります」ということはほとんどなかったように記憶しています。どんどん話が進んで、私の中でも最高スピードだと感じました。
神谷:
それは、今回の提携を担当されたiCAREの方々が優秀なのはもちろん、お互いの目指す世界が同じで解像度の高い状態で会話できたからですね。阿吽の呼吸ではありませんが、最小限のコミュニケーションで最大限の理解ができたと感じています。
ー提携合意に至るまでに紆余曲折はありましたか。
神谷:
もちろんM&A案件という性質上、交渉でお互いに譲れない部分はあります。しかし、案件そのもののやりとりはスムーズでした。不必要な駆け引きや揚げ足を取り合うこともなく、建設的な議論ができたと思っています。
提携で描く未来への近道と事業展開の深化
ー提携によって描いていた未来や日々の業務に変化はありますか。
山田:
描く未来という点で言えば、大きく変わります。私たちが30年かけないと到達できないと思っていた世界に、おそらく10年で到達できます。オムロンという人/物/金/情報を圧倒的に持つ企業と一緒に取り組めることで、打ち手は明らかに変えられるので、その打ち手の幅の広さ・深さはポジティブな要素でしかないですね。
神谷:
IXIもiCAREもバリューの一番に「スピード」を掲げており、スピードとバリューを出すことを重視するという点において、IXIとiCAREの波長は元々あっていたと思いますが、ベンチャーカルチャーの注入も今回の提携で得られたものの一つだと思います。
オムロンもベンチャースピリットを持つ創業者から始まりましたが、創業100年を迎えようとする中でそのスピリットは弱まりつつあります。しかし、今回のように他の企業と積極的に組むことでそのDNAを強められているように感じています。
ーお互いに提供できる両社の強みは何だとお考えですか。
山田:
間違いなく、働く人の健康のエキスパート集団としての価値発揮ですね。職域の領域で事業を行うのであれば、iCAREにいる健康づくりに関わる約150名のエキスパートとオムロンが持つアセットの掛け算になってくるはずです。
酒井:
大企業とベンチャーという対比では知名度や信頼度、オムロン固有の強みでは医療機器で培ってきた産官学でのエコシステム構築力や日常のバイタルデータなどがあるかと思います。しかし、私たちが他社との提携で実現したいのは、共通目標に掲げる世界観・新しい市場を共に創造し、その利益を享受し合うことです。物々交換での短期的な損得を超えた関係性を築くことに意味があると思っています。
健康経営の新たなスタンダートを共創
ー目標実現に向けた日常の業務におけるコミュニケーションの在り方は?
酒井:
どちらがどの範囲で意思決定するかのルールは決めていません。市場を読みながら、最終ゴールに対してどのルートを辿るのが最適か議論し、スピード感のある意思決定を行っています。
提携先を検討するときに、リスペクトし合えることと同じビジョンを追えることにはこだわったので、目指す先は同じです。一旦どちらかに決めて試してみて、違ったら変更すればいいのです。
山田:
当たり前のように、忖度なく議論ができていますね。それは例えば、本部長の石原さんから私に対してもですし、私から石原さんに対してもです。お互いにリスペクトしあっているからこそ、思いっきり意見をぶつけ合えるんだと信じています。
リスペクトの姿勢を体現するため、私はiCAREの社員に全部ゼロベースで考えてほしいと伝えています。iCAREは従業員に対してサービスを提供するBtoB(toE)のビジネスモデルを展開してきました。一方、オムロンにはヘルスケア事業部もあり、BtoCの事業も展開しています。
ゴールまでどの道を登るのか考える際、これまでの自分たちのBtoBに固執してしまうと、おそらくうまくいかない。一緒に事業を進めるうえでは、お互いが相手の方向性なども理解しながら議論することが大事だと考えています。
ー今後の目標実現に向けて一言お願いします
山田:
理想は共に事業を作ることなので、様々な価値観、意見を踏まえながら、意見をぶつけ合い続けることが必要だと考えています。一番恐れていることは、プロジェクトは短期で終わるものではないので、中長期戦となったときにダレないかということ。
緊張感をもって継続的にマイルストーンを達成し続けられるのか。行き詰まることはないのか。お互いにそれらの危機感を持ちながら取り組み続けたいと思います。
酒井:
これから新しい市場を作っていくには障壁ばかりだと思います。そのため、目指す未来に対して、オムロンとiCAREだけでは足りないことも出てくるはずです。その時は提携の輪を広げ仲間を増やしていきたいです。
自分たちにできることにこだわりすぎずに、あるべき社会の姿を考えながら、バランスをとっていきたいですね。
M&A&A戦略で社会的課題を迅速に解決
今回の提携に関して「このタイミングで同じ社会的課題に共鳴して、共に事業を始めることに強い縁を感じる」と3人は口を揃えます。
社会の潮流として人的資本経営への関心が高まるなか、オムロンは健康経営アライアンスを2023年6月に設立。データ活用の必要性から9月にJMDCと提携し、データソリューション事業本部を設立しています。iCAREが目指す世界観は創業当時から変わりませんが、社会の潮流と両社の成長フェーズがうまく合わさった、このタイミングだからこそ今回の提携が実現したと言っても過言ではないでしょう。
データを軸に新たな価値を創造するソリューションビジネスへの進化を掲げるオムロンは、これからも積極的にM&A&Aを行い、スピーディーかつスケーラブルに社会的課題を解決していきます。オムロンにおける最新の取り組み状況はこちらをご覧ください。
「健康経営®」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
「健康経営アライアンス®」は、オムロン株式会社の登録商標です。