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【ビジネスデザイナーインタビュー】オムロンのデザイナーは「事業」を作る ホワイトキャンバスから取り組む事業創出

「オムロンのデザイナー」と聞くと、体温計や血圧計のデザインをしているように思いませんか?
実はオムロンでは、社会的課題を解決する事業の創出を担うデザイナーも活躍しています。

オムロンから生まれた、社会的課題の解決に挑む事業創造プラットフォーム「IXI(イクシィ)」の組織や活動内容に迫るインタビュー企画。今回は、二部構成でIXIのビジネスデザイナーが今取り組んでいること、そしてフィールドワークの実態をお届けします。8月のある1日ービジネスデザイナーのフィールドワークはユーザー体験の向上にどう影響を及ぼすのか記事はこちらからご覧いただけます。

この記事の登場人物
小島 有貴さん:ビジネスデザイナー。オムロンのエンジニアとして太陽光発電や蓄電池の開発に携わった後、社内公募制度によりIXIへ異動。IoT関係の新規事業を経て、現在はIXIのビジネスデザイナーとして介護予防事業(自立支援事業)に携わる。

組織名、役職などは取材当時のものです。

オムロンのデザイナーは「事業」を作る

 「デザイン」をどう捉えるか

小島:
最初にお伝えしておくと、私はUI/UXデザインなどを専門に行なってきた、いわゆる「デザイナー」出身ではありません。
私たちIXIのビジネスデザイナーチームは、私のようにプロダクト開発や企画寄りのキャリアからビジネスデザイナーになった者もいれば、デザインの専門性をもち、デザインファームから転職してきた者など、様々なキャリアを持った者が在籍しています。
「デザイン」の捉え方は様々ですが、IXIのビジネスデザイナーは、事業を生み出す、人と関わるプロセス全体を「デザイン」と捉えています。

 良いものを作れば売れる?プロダクトとビジネスの関係

小島:
すごい良いアイディアやスキームを考えて、ユーザーにとって良いものを作れば自然と売れるなんてことは、そうそうありませんよね。
ユーザーに本当の意味で共感をして、その人たちが抱えている課題や想いは何かを把握した上で、そこに応えるソリューションを作り、それが成り立つビジネスモデルを組み立てる必要があります。
オムロンは特に社会的課題の解決を目的とした事業創出を行っていますが、社会的課題って、一見すると打つ手がないように見えるものばかりなんです。
プロダクト観点では、ユーザーが本当に抱える課題がなにかを理解し、そこに応えるものを作る。ビジネス観点では、打つ手なしに見える世界でも、お金がまわる状態にする。
私たちビジネスデザイナーは、この相互に影響し合う二つの軸を担います。
ビジネスとプロダクトの両軸を改善していくことが大切だということは、今取り組んでいる大分県のモデル事業である自立支援事業を通しても感じています。

今、取り組んでいる問い ー高齢者を「本当の意味」で元気にするためには

厚生労働省による事例集でも紹介される自立支援事業は、オムロンと大分県が事業連携協定を締結し、ICTを活用した自立支援に資する地域づくりへの挑戦、が全てのスタートでした。

また、この取り組みは、大分県で先進的な介護予防の取り組みを進めてきた立役者である株式会社ライフリーとの共創の始まりでもありました。


この事業のなかでビジネスデザイナーとして「今」取り組んでいる問いとは?

小島:
シンプルに言うと、この事業は「人々の健康寿命の延伸を目指す」ことに挑戦しています。
そのなかで私は、高齢者の方を「本当の意味」で元気にするために必要なソリューション、事業としての仕組みは何かという問いに取り組んでいます。

「本当の意味」で元気な高齢者とは?

小島:
高齢者の方が「本当の意味」で元気な状態とは、「自分らしい生活が実現できる状態」だと考えています。できるだけ最後まで、自分の能力で生活できることは自己の尊厳と維持にもつながります。
例えば年齢を重ねることで足腰の機能が衰えて、ひとりでお風呂に入ることが難しくなったとき、入浴介助を提供する介護を一律に提供するのではなく、共創パートナーであるライフリーさんの提供する「介護予防」では、運動、口腔ケア、栄養管理指導といった様々なサービスを組み合わせ、数カ月後にはもう一度自分の力でお風呂に入れる状態を目指します。
身体機能の低下の全てを回復できるわけではありませんが、回復できる状態かどうかをきちんと見極めたうえで、再び自分の力で自分らしい生活が送ることができる状態を目指す。これが、私たちがスローガンとする「できないことが、できるように。できることは、もっとできるように」なんです。

難しく感じることはありますか?

小島:
身体の機能が低下してきた高齢者を再び自分らしくある状態にするためには、ただ運動をしてもらえば良いわけではありません。
例えば、高齢者の方は『高血圧症を持ちながら、心疾患を抱え、変形膝関節症がある』といったように、慢性的な症状を複数抱えて、かつ、多数の薬を日常的に服用している多病や多薬の状態である方もいます。つまり、現場の事業所では、スタート地点がバラバラな状態の高齢者の方たちの様々なリスクにも対応しながら、生活機能改善のためのプログラムを提供しなければなりません。
更に、栄養面ではお菓子ばかり食べていて低栄養の状態になっていたり、口腔内で義歯のかみ合わせが悪い状態では十分に踏ん張ることができなかったりと、生活機能の向上には「運動」「栄養」「口腔」の密接に繋がる関係を紐解きながら高齢者と向き合う必要があります。
そのために、私たちは長期に渡ってデータを収集、分析することで様々な事情を抱える高齢者が元気になるロジックを、ひとつずつ明らかにしながらソリューションを作り込んでいきます。

事業創造に向けて

BtoGtoBtoC 複雑なステークホルダー

小島:
BtoGtoBtoC(Business to Government to Business to Consumer)のビジネスモデルにおける、すべてのステークホルダーが、それぞれの立場においてメリットを感じていただけるようにすることも難しいポイントです。
介護保険という国の制度の元に成り立つ事業であるため、制度を作る国、運用する自治体、市町村で介護サービスを取りまとめる包括支援センター、利用者の方が通われる介護予防サービス提供事業所、それぞれの役割や権限が法で明確に定められています。
立場が異なれば、期待することも異なります。全てのステークホルダーが満足するソリューションにするためには、それぞれに対して徹底的な現場理解が必要です。
データをもとにした元気になるロジックの証明は、立場の異なるステークホルダーに、ソリューションの価値を理解いただくうえでも大切だと考えています。

事業創造プロセス

IXIでは、事業創造プロセスを作成し、いくつかのテーマをこのプロセスで進めてきました。2023年8月現在(取材当時)、自立支援事業はIXIの事業創造プロセスでいう顧客価値検証(フェーズ2)および事業化検証(フェーズ3)にあります。

IXIの事業創造プロセス

検証フェーズにご協力いただいている株式会社ライフリーで作業療法士の児玉さん、看護師の長田さんにもお話をお伺いしました。

左から作業療法士の児玉さん、小島、看護師の長田さん

生活機能改善プログラムを提供する中で、利用者の行動や心境など、現場でどのような変化を感じていますか?

児玉さん:
このプログラムには色々な方がいらしています。
身体が悪くなってきてしまったら、もう良くならないんじゃないかと考える方もいて、そういう方たちに改善していきましょう!と一方的にお話をしてもなかなか自分ごと化されないんですね。 
利用者の方にとって一番身近な「〇〇がしたい」という目標を立てて、小さな成功体験を積み重ねていただくように工夫しています。 
例えば、2階の洗濯物を取り込めるようになりたい、簡単な食事で済ませるのではなく手の混んだ料理を家族にふるまいたい、など、目標はみなさんそれぞれです。 
ひとつひとつの目標はささいなことでも、からだの機能が低下してきた高齢者の方にとっては大変なことです。
スタッフひとりの力では叶えることが難しくても、包括支援センターとの連携や、事業所全体で利用者さんに伴走するなかで、目標に向かって小さな成功体験を重ねていくことで、元気になられて、今度はそれを維持したいというセルフマネジメントに意識が向かうようになっていかれています。

事業所としてはオムロンとの取り組みによりどのような変化を期待されていますか?

長田さん:
生活機能改善プログラム自体はライフリーで9年ほど前から取り組んでいます。 
全国のサービス提供事業所のスタッフも高齢化が進んでいたり、利用者の方の身体機能低下の理由が様々であったり、怪我などのリスクを低減するための知見など、まだまだ提供できる事業所が限られているのが実態です。 
オムロンさんが取り組んでいることが実現することで、ばらつきがすくなくなる業務の平準化や、平準化することによる業務の効率化を期待しています。 
加えて、利用者の方それぞれのデータを蓄積することにより、医療と介護がつながっていく未来も見えてくると思っています。

ホワイトキャンバスから事業創造に関わる

小島:
これは自立支援事業に関わる他のメンバーも言っていることですが、「からだの機能が衰えてきたとしても、必ずしも悪くなる一方ではなく、元気になって社会に戻っていく高齢者がいる」という発見は大きな驚きでした。この驚きは、難しい問いに取り組む原動力になっています。
一般的には何を作るかが決まっている状態で「どう形にするか」を考えることがデザイナーの仕事であることが多いと思います。
IXIではまだ世にない新しいビジネスを任されることが多く、その上で個人の裁量が大きい組織のため、課題に対してどうアプローチをするか、ホワイトキャンバスの状態で与えられるんです。
徹底的な現場理解のためのエスノグラフィ*や観察に飛び込み、課題の本質はなにか、今のアプローチは課題を解決できているかなどを検証していきます。

*:ユーザーのありのままの行動を観察することでユーザー理解を深める調査手法。エスノグラフィの一環としてフィールドワークを行うある1日についてはこちらの記事からご覧いただけます。

おわりに

ステークホルダーそれぞれに役割と思惑があるなかで、最適なソリューションはなにか、そのソリューションを一過性のもので終わらせず継続的な事業として成立させるためにはなにが必要かを両軸で考えるビジネスデザイナー。
今回はIXIのビジネスデザイナーである小島さんにお話をお伺いしました。
 
小島さんのフィールドワークのある1日を振り返る記事もご覧ください。


オムロン株式会社 イノベーション推進本部(IXI)については、以下の公式ページをご覧ください。